乳用牛・肉用牛経営にとって、コスト低減の決め手は放牧だといわれてきました。この特集では8人の方々が執筆されていますが、最初に、「生産性を考えたこれからの日本型放牧の在り方」と題して、農業従事者の高齢化と増加する耕作放棄地の活用が喫緊の課題であり、草地畜産の新たな展開が求められるとする農研機構・山本嘉人草地利用領域長の報告があります。農村の景観保持や国土保全はもとより、若者たちが畜産に取り組める分野として、舎飼いではなく放牧による酪農・肉用牛飼養経営は投資を抑えるということからもメリットが大きいといいます。「祭り」などの農村文化の保全にも役立ち、加えて、各地にある公共牧場の利用も図ることができ、むしろ放牧主体、舎飼い「従」にするくらいの発想の転換が必要であるといいます。全国レベルでいうと放牧牛の割合は酪農で22%前後、繁殖肉用牛では16〜18%ではないかといいます。
 このための国の施策を「放牧をめぐる施策について」で、農水省生産局畜産部の斎藤秀幸計画係長が解説します。もちろん畜産経営にあっては生産コストに占める割合の高い費目は飼料費であるわけで、この削減が畜産経営の安定化に必要との認識から、従来も種々の放牧促進のための対策が取られてきたし、事例も紹介されてきたところで、例えば、日本草地畜産種子協会の「放牧畜産実践牧場等の認定制度」もその一つで、8つの基準があり、現在、79の牧場が認定を受けているそうです。
 では、海外の先進国ではどうなっているかを、「海外先進国の放牧畜産の現状と課題」として酪農学園大学名誉教授・荒木和秋先生が報告しています。世界の二つの潮流として、いわゆる近代畜産(高度に効率化を追求した畜産経営)とより自由な従来型畜産経営があり、アニマルウェルフェアを重視した流れが大きくなっているといいます。その中でニュージーランド型酪農やスイス酪農、オーストラリア型酪農を取り上げていますが、中でもNZで最近取り組まれてきた1日1回搾乳の現状にふれ、課題と有利性の分析を行っています。生産者、消費者、納税者、行政のそれぞれが発想の転換が求められているといいます。
では、国内での放牧酪農はどう取り組まれているのでしょうか、日本草地畜産種子協会の須藤純一・放牧アドバイザーが「放牧活用による高収益経営」で北海道・別海町O牧場の事例を報告しています。北海道全体ではやはり大型経営を志向している中で1頭当たりの草地面積は減少傾向にあるのですが、この事例牧場は、87頭を飼い、無化学肥料で草地主体の経営を守り、経産牛1頭当たり8300sの乳量で、乳脂率4.3%を確保している。いわば、資源循環型の「ゆとり」中規模酪農経営といったところでしょうか。
 では、肉用牛では放牧に対してどう考えているのでしょうか。まず農研機構の西日本農業研究センター千田雅之農業経営グループ長が、「肉用牛繁殖経営の生産性・収益性向上に不可欠な周年放牧、親子放牧、実践事例と成果」を報告しています。コスト低減が求められている肉用子牛生産の可能性は大いにあり、周年放牧を行う事例の中から、牧草と飼料用稲・水田放牧の組み合わせ(茨城県・ドリームファーム)、寒冷地で一人100頭の親子放牧を管理(北海道・春日牧場)、シバ型草地と茶園を含む里山で親子放牧(大分県・富貴茶園)などの実践事例を報告します。ポイントはいずれの事例でも、牛たちの観察をこまめに行い、人と牛が常に接触して信頼関係を保つことが大事と述べているのが非常に印象に残りました。
 もう一つ、利用しない手はないというのが公共牧場ではないでしょうか。公共牧場は統廃合が進んで現在、全国に723か所(北海道200か所、都府県523か所)あるといいます。日本草地畜産種子協会の放牧アドバイザー梨木守さんは「公共牧場のメリットを生かし効率化を図って進める放牧畜産」について報告し、コストの低減、牛舎等への投資低減、牛の健康増進、繁殖効率の向上など、公共牧場への預託による効果をあげます。最近は公共牧場側も種々勉強してスキルが上がってきており、信頼に足る牧場が増えてきたといいます。なかには、TMRセンター機能や地域の人材育成を行っているところもあり、各地の特徴ある公共牧場を紹介しています。
最近、畜産クラスター事業という言葉をお聞きでしょうが、大子町和牛繁殖活性化事業クラスター協議会江波戸宗太さんが、「耕種農家との連携などCBS(キャトル・ブリーディング・センター)を核にした―地域づくり放牧―」と題して、和牛繁殖経営を核とした地域づくりの事例を報告しています。視察・研修事業を始めとして幅広い活動に加えて飼料稲WCS実験事業をきっかけに始まった周年放牧への取り組みで、冬季には100q以上離れた県南西部の雪のない地域の耕種農家の田んぼへの牛の移動などにも取り組んでいるそうです。その眼目は作業の分業化だそうです。耕畜連携からより発展させ、耕畜民連携を目指しているといいます。耕畜まではよく聞きますが「民」まではかなか及ばないのが現状ではないでしょうか。民とは大子町町民はもとより、農業体験や耕種農家もまきこみ、飼料用稲の栽培などは任せるといいます。
 特集の最後は、沖縄県からの報告で、「八重山地域における生産性の高い暖地型牧草を利用した放牧畜産について」を沖縄県の仲村 敏さんが報告しています。石垣島の隣に黒島という牛の頭数のほうが住民数より多いといわれる島があります。ここでは、スタビライザーなどの大型機械を導入してマージとよばれる石灰岩を砕いて作った耕地に、南方型牧草(ジャイアントスターグラス)を植えて、放牧主体で牛が飼われています。また、石垣島でも同じ牧草が栽培され、石垣牛と呼ばれる牛が出荷されています。
これからの日本の畜産が向かうべき方向の一つとして、大型化と効率化があると思うのですが、検討が必要な課題は多くあります。その選択肢の一つとして放牧という技術を見直し、既存の考え方に縛られない、あるいはすでに忘れられようとしている環境を生かす中に、問題解決のヒントがあるということなのかもしれません。参考になる特集であると思われます。

 詳しくは中央畜産会の機関誌「畜産コンサルタント」2018年6月号「放牧畜産の新たな展開―生産性・収益性向上に向けて―」をご覧ください。